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第一回:吉原通いと三の酉
11月の酉の日を祭日とする酉の市は、年により2回のときと3回の時があります。通常、一の酉(初酉)が最も重んじられ、三の酉まである年は、「火事が多い、吉原に異変が起こる」と今もいわれています。

由来は諸説ありますが、11月も押し詰まるころから多発する火事に対して、火の用心への心構えをあらたにさせることと、また、おとりさまへの参詣と大手を振って出かけ、帰りに隣接する新吉原に沈没してしまう男衆へのけん制であったといわれます。祭り当日、吉原は通常は開けない大門以外の門も開放して、昼見世から開き、遊廓にとっても特別な日でした。

古川柳に


「お多福に熊手の客がひっかかり」
「熊手見て女房かみつく戌の市」

とあります。

おとりさまに参詣した後、吉原に引っ掛かり翌日の戌の日に帰り、女房に「今日は戌の市にでも行ったつもりかえ? おまえさん」と噛みつかれているわけです。


嘉永6年(1853)の切絵図

切絵図拡大:新吉原
切絵図拡大:新吉原
切絵図拡大:長国寺の鷲大妙神
切絵図拡大:長国寺の鷲大明神

頻繁に火事に見舞われた江戸の人々にとって、火の用心の心構えは重要でした。旧暦10月に入ると亥の日に炉開きをして亥の子餅と呼ばれるあんころ餅を親類、近隣に配り、家の目につきやすい柱に火の用心の札をかけました。そして自家から火を出さないように最善の注意を払ったのです。

火用鎮
火除け守り
その他の火に関連しての行事には、旧暦11月8日のふいご祭りがあります。これは、鍛冶屋、鋳物師など火を使う職業の人たちの守護神、稲荷神をまつる祭りで、火への感謝を捧げつつ、ふいごを清め祝い、また火の用心へのあらたな注意を喚起したものです。この日、火を使う人たちは、仕事を休み、みかんや餅をふいごに供えたり、町でまいたりしたといいます。

三の酉まである年は「火事が多く、災いが起こる」との故事にならい、酉の寺・長國寺では、火消しの纏いに見立てた火難、災難を振り払うお守り「火除け守り」を授与します。戌の日の朝帰りに降りかかる災難を払ってくれるかどうかはちょっと分かりませんが…。

火の用心のうた:火の用心の心構えを列記した江戸時代のおふだ
(早稲田演劇博物館蔵)
火の用心のうた:解読吉田豊
*つちの用心: 火災の頻発する季節になると蔵を点検し北向きの窓や壁穴などは、左官職に頼んで目張りを入れてもらうメンテナンスを行い、近隣での出火のさいには、急ぎ蔵の扉枠などにも粘土を塗りこめて目張りとし、火が蔵内に入らないようにした。そのため冬季には蔵を所有する家では、とりわけこの壁土用粘土を何時でも使えるような状態に保っておく必要があった。これを「用心つち」と言った。
  吉田 豊さんのプロフィール
1933年福島県生まれ。江戸文芸を趣味にし、林美一氏に師事。
生涯学習一級インストラクター(古文書)。現在は文京学院
大学生涯学習センター講師、よみうり文化センター講師を務めている。

「江戸かな古文書入門」(1988 柏書房)「チャレンジ江戸の古文書」シリーズ「街なか場末の大事件」「犬鷹大切物語」「大奥激震録」(1999〜、柏書房)「江戸服飾史談:大槻如電講義録」(2001、芙蓉書房出版)など著書多数。

こうしてみると火の用心の心構えの根本は、江戸も現在もまったく変わらない。現在は出火の被害が江戸時代より拡大しない分だけ、火に対する緊迫感が薄れているのでしょうか。先人の戒めを心に留め、あらためて、火の用心。火の用鎮。

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